幼いころ、毎週土曜日にはだいたい家族でショッピングセンターに行った。車で十五分ほどの少し離れた町にあった。手近な買い物は近所の小さなスーパーで済ますけれど、まとまった買い物とか、子どもがゲームセンターに行きたがるとかそういった理由だったのだろうか。だから、そのゲームセンターで遊ぶのが毎週末の楽しみだった。アーケードゲームもあったし、コインゲームもよくやっていた。当時遊んでいた鉄拳3がなぜかコインゲームになっていたので、筐体の真ん中にあるプラスチックの赤いボタンをひたすら連打してコインを貯めたりコインがなくなったりした。
そのときの景色の残滓が集まったのかもしれない。夢で見た景色はそのゲームセンターでの景色にちょっと似ている。ただしとても巨大な空間で、建物の一階分が区切られもせずまるごとあるのだけど、肝心のゲーム筐体はなんだか端を沿うように点々と並べてあるだけで、ほとんどの敷地がなにも置かれていない真っ白な床だった。
僕はその端に立っている。壁のほとんど全面に窓がついていて、横長に切り抜かれたような外の景色が遠くに見える。窓外の景色から察すると、それなりに高い場所のようだった。おそらくビルの最上階ではある。その状況も相まって、なんだかやけくそ感すら感じる。だれも出店してくれないからUFOキャッチャーでも置いとくか、ワニワニパニックも倉庫に余ってたから置いとくか、くらいのノリが延長して、まあ少しだけましになったという風情だ。夢の中の僕は、特になにもしない。立って景色を見ているだけだ。視線を動かすこともしないから、もしかすると奥になにかあるのかもしれないし、うしろになにかあるのかもしれないと、夢から覚めた今なら思うのに、振り返ることもしない。ただ、振り返るまでもなく僕はそこがゲームセンターでしかないと知っている。
たくさんの人に踏まれて汚れているはずの白い床タイルと、うすぼんやりとして時折ちらつく蛍光灯、蛍光灯の光があまり意味をなさないほどの窓から漏れる日射し。なんとなくそれらすべてが混ざって、巨大ななにもない床の上に光を落としていた。僕はその昼間の光をいつもよく知っていた。明るすぎもせず、暗すぎもしない、不定形だけど日溜まりのようにわずかな形を成している、いつか見た光だ。
いつか見た光のことは、もはや夢でしか思い出せなくなっていきつつある。だからこうして書き留めることにも意味があるのかもしれない。たぶんそのうち「あ、そういう話もあったんだっけ」くらいになるものと思われる。
蛍光灯って、もうだいぶ世間からなくなってきてます。僕は今日だけ「いつか見た光」研究家として発言するのだけど、蛍光灯と白熱球がその鍵となっている。いやその辺にあるじゃないかと思っている方はたぶん勘違いしている。だいたいは「蛍光灯型LED照明」つまりLED照明に代わっているはずだ。白熱球、つまりいわゆる電球(💡)も、形は同じだけど「電球型LED照明」に代わっているはずだ。要するに世間とはそんなものなのである。形ごと替えたら、いきなり未来風じゃんみたいになってびっくりするじゃないですか。人にとってなじみのあるなしはとても重要で、たぶん僕たちは日常的に騙されているのだ。そして、そういった話が出ていたのももう十年以上前になる。当時、照明などを取り扱う仕事をしていたので、白熱球は二〇一三年で生産終了になるとか、その変化をよく見聞きしていた。
だからもう、一般住宅でさえ、あの紐を引っ張ったら数秒のタイムラグののち、緩慢にちらついて、「パキッ」みたいなちいさな音を出して点灯する蛍光灯の光はほとんど見なくなったはずだ。
ただし、蛍光灯の光=「いつか見た光」ではない。
いつか見た光は、たとえば幼いころ、日曜日の午前中、電気をつけなくても外の日射しだけで生活していたあのときに見えた光でもある、かもしれないからだ。
日曜日の午前中、だいたいミートソーススパゲッティか、炒飯が出た。母親が作るものだ。炒飯は「やきめし」と呼んでいた。それが絆創膏をカットバンと呼ぶような高知や関西圏独特の呼び名だったかはわからない。
夢の中の、最上階のゲームセンターにて。幼い僕はやはり、その場に立ち尽くして、だれか、あるいはなにかの迎えを待っている。あとからこうして書き留めていると、ちょっともったいなくも感じる。なにか動きがあったほうが小説としての出来もいいし、そうしたい気持ちもあるけれど、あの光の中の僕は、なにもする必要がなかったのだ。手を伸ばさなくても、歩いてそこに向かわなくても、なにかすべてひとしきり終わって、ただ待っている。記憶の箱の中では、そこがすべてそうだから、なにをすることもない。
夢から覚めたあと日々を過ごしてみると、ふと人生のすべてをさみしく思う。満たされないのではなく、満たされた記憶が彼方にしかない。部屋を見上げても、向こう十年くらい規則正しく点灯してくれそうな優等生然としたLED照明があるだけで、さみしい。大人になると「いつもさみしいんです」とかそうそう言えなくなるので、こうして書き留めることに意味を見出すほかない。このときであってさえ、だれかの「いつか見た光」は、たとえLED照明であったとしても、だれかのそれになってくれるのだという願いもある。
初出:神谷京介オフィシャルサイト(仮) 2024年6月
脱稿:2024年5月28日