夏の夕涼みのような深い藍色の空の遠くに、光がいくつも昇っていた。ひとつひとつ、そのそれぞれがぼんやりとした球の形で、中心の発光は白と透明のあいだほどで、ふちが緑や赤、青や黄色、銀色、さまざまに色づいていた。僕は遠くからそれぞれの昇る光を見ながら、なにかを思い出しかけてるけれど、その記憶がどこにも線をむすばずに、ただほどかれたまま、空を水のように遊ぶのにまかせていた。
そのうち、いくつもの昇る光は、空の一点に集まっていった。その一点であっても、たとえば部屋の中ほどに充溢した光の集まりでもあって、気づけば深い藍色の空はたくさんの色の灯りに満ちていき、僕はそのひとつひとつに、なにか思い出しかけている、どうしてかどこにも線を結ばない、と繰り返していて、空を水のように遊ぶだけの色の灯りを、やはりずっと見上げている。
遠くに。
遠くに、とだれかの声がする。
畔の模様を踏んだ。靴が濡れて茶色く濁る。あーあ、とだれかがつぶやく。電柱にもたれかかって、それから靴をこすりつける。
家に帰ったら洗えばいいよ。
空の色を見ている。雲がそうして、動かない。
深い藍色の空の下には川のような水が広がっていて、腰が浸かるほどの深さがずっとつづく。いくつもの色の灯りが、水の広がりの表面に、ややゆれながら、鏡になって映り込んでいる。光そのものも、その影も、充溢した光のたくさんの色で、そのどれかひとつでも線をむすんだような、ただ泳いでいるだけのような、どちらかでもない境界を見ていた。
そこにいて。
そこにいて、とだれかの声がする。
シャワーの流れる音と、赤と青の混合栓で混ぜ合わされたぬるま湯の温度。
そのタオル汚していいやつだから、だから。
踏んでもいい、とだれかが言う。
換気窓が開いている。その隙間から空と緑の山の、蒸発していくまばゆい霧が見える。教えてもらう、足の裏で足の甲をこすればいいと、お湯が流れていく、言われたとおりに泥を流す。
そういえば、この光のひとつひとつがたしか記憶だったかもしれない。今見えていたのがそれであればいいのに、と僕は思って、色の灯りはそうしてより高く昇っていく。深い藍色の空に満ちている光なのに、僕はどこか自分のこころの部屋の中にいて、手のとどかない光に線を結ばないでいる記憶に、会いたいと思った。
テレビがつく。暗くなった空に落ちる雨の音は窓を閉めているのに聴こえて、テレビの向こうの笑い声をかき消していく。台風もう来るかな、と声がする。エプロンを着けて、その背中が見える。
もうちょっとだからね、とだれかの声がする。声はやがて光になり、色の灯りになってしまった。思い出せない僕は、夜になっていき、藍色が深まるのを止めることもできない。
鏡の水に映る色の灯りがゆれて、球の形が一瞬くずれた。すぐまた、もとにもどった。何度もそれが起きるから、なぜだろうと思っていると、だれかが水を掬っている。遠くにいる。長い黒い髪が濡れて背中に張りついている。彼女は腰まで水に浸かったまま、両手を椀の形にして、掬って、それからまたもどす。そのたびに鏡映りの色の灯りがゆれて、だれかの声がして、泥が落とされた僕の裸足や、爪を切る音や木の床を踏む音が流れてすぐに消える。もう再生されることもなく、ぜんぶ色の灯りになって昇っていく。遠くにいる彼女がじきに消えていく。水は流れはじめる。掬って、それは溶けてなくなる。充溢していく色の灯りが、とても深く黒に近くなった藍色の空に昇りつづける。
消えかけていく彼女がこっちを向いて、とても遠くにいるのに表情も見えるような気がした。声は聴こえないけれど、口が動いて、なにかを言った。
いいよ。
いいよ、と言っているように思う、だれかのその声は空にかき消えて、色に変わった。
初出:神谷京介オフィシャルサイト(仮) 2024年6月
脱稿:2024年6月12日