強いこころの用意をしなきゃ

本日三社目の訪問先は青山一丁目駅前の高層ビル。
駅に降り立ってすぐ、Googleマップでその場所に間違いないことを確認して、わたしはおおきく息をつく。

まだ面接の時間まで1時間ほど余っている。紅茶でも飲んで時間をつぶしたいな、と周辺を歩いてみたけれど、さすが青山、その辺にあるカフェは漏れなく半端ない洒落っ気を放ってるのだ。そもそもカフェなんだかギャラリーなんだか花屋なんだかよくわかんない店ばかりだし、やたらコーヒーはローストって書いてるしで、一年以上ぶりに引っ張り出したリクルートスーツにパンプスの女一人では入りづらい雰囲気をゴリゴリに醸し出してる、ような被害妄想(後日調べたら目の前にスタバくらいはあったらしい。あんなシュッとした穴倉ミュージアムみたいなのがスタバとは思わんわ)。

あ、もうわかった。じゃあカフェやめた、公園行こ。
Googleマップで見るとすぐそこらしいから。適当に自販機で午後ティーでも買ってさ。最近深田恭子がCMしてるよね、それがどうした。

時間は午後二時、やわらかな春の日差しに照らされて園内はとても暖かい。
木製のベンチがたくさん置かれてて、何人かそこで座ってぼーっとしたり、スマホをいじったりしてる。

わたしも同じようにベンチの片端に座り、やっと一息。
ちょっとしたらまた面接の受け答えを復習しよう。なんだっけ次の会社。
頭の整理するのだって大変なんだよ。学生時代には御社で販売員のバイトをさせていただいておりまして~うんたらかんたらとかって話したら、うち医療機器の営業なんだけど店頭販売とかあったっけ? って苦笑されたよ、昨日。何十社もこなしてたらそりゃそうなるわ。あー……

だいたいさ、わたしそんなもともとが社会に貢献できるような立派な人間じゃないわけよ。だから一年経たず辞めちゃったの。今日だってさ米津玄師にそっくりな羊見つかるってニュースがツイッターに出ててそんなのスマホで漁ってニヤニヤしたりさー。

てかベンチで寝てる人、結構いるな。
気持ちよさそー……今なんてさ、今年一番の昼寝シーズンでしょ、暑過ぎもせず、寒くもなく、ぽかぽか陽気の……

いや……

ね、寝てみようかな……?

いやいやいや! 一応、女性! だったっけ……? 自分……
うん、たしかそう、23才の無職の女、はい。
でさ、そうだとするならだよ? こんな都会の真ん中で無防備に寝ていいはずないじゃない。
寝てるのってみんな男の人だし。

いや……でも、ちょっともう、一度思いついちゃったからには……

わたしは咄嗟にスマホで『公園 昼寝 女』と検索したけれど満足のいくデータは得られなかった。なんか異様にきれいな芝生の上に寝ころんでる女性の写真のフリー素材とか、あとソ〇マップ背景での例のDVD発売イベントのインタビューで自称19才のグラビアアイドルが「こないだ井の頭公園で昼寝したんです」と答えて「記者を驚かせた」というこれまた審議のほどがわからん記事があった。違う、わたしが知りたいのは実際にあんたが寝たかどうかなんだよ、記者を驚かせたって、そりゃそうだろうよ。それになんていうか、井の頭公園はそういう人いそうじゃん(適当)。

あ……待て……なんだ、あの人たち。

この辺の住人だと思われる二人の若い男女が(たぶん30前後くらい?)、ベンチのそばの芝生にレジャーシートを広げて、二人で寝転がってる。身体を包むのはおおきなブランケット。
本気で寝に来てる……その手があったのね、なるほどなるほどー男の人と一緒に寝ればいいのね……てか男の方、サングラスかけたまま寝てんだけど……そんなおもっっきり横向いて寝なくても……たっかそうなサングラスぐぎぎぎってなってるけど大丈夫?

いや……

ちょっとそのレジャーシートさ、端っこ開いてるし、むしろ、一緒に寝てしまえばいいのでは……?

いやいやいやいや!
いやいやいやいや!

わたしはその人たちと、三人揃って胎児ポーズで横向きになり、お昼寝してしまいました。

わたしは夢を見てた、長い夢だ。
夢の中でわたしは、わたしのようでわたしじゃない、よく似た別の女の子だった。

景色も似ているようでまるで違う。
たとえば港におおきな軍艦が泊まっているそのそばにわたしたちの家があったり、夕焼けが紫色ににじんでたり、真っ白い壁に囲まれた中で一人の長身の女性に監視されながら食事したり、とか。幼いわたしは当たり前のように白い部屋の中で暮らし、外に出て軍艦の中で黒いリボンを結ぶライン作業をして、紫色の夕焼けを見ながら帰宅した。一連のわたしの行動はたとえて言うなら別の誰かに操られているようで、でもけしてその操っている誰かの正体はわからない。

夢の中のわたしは、たとえばこっちの世界での夕焼けはオレンジ色だって知ってるはずないのに。
この世界はきっと、別の、踏み落ちてしまったあとの世界なんだって確信してた。
そして真っ白なガーゼのような布団に包まれて、幼いわたしは眠る。
眠ればきっと明日が来る。

明日もこの恐怖を振り払うための、強いこころの用意をしなきゃ、そうしなきゃ……

「あ、起きた、ねー潤平、起きた起きた」
「あぁ……ホントだ、なに、変な夢でも見てた? 最後、うなされてたけど」

気づけばわたしは、さっき一緒に寝てたお姉さんに膝枕をしてもらっている。その隣にはさっきのサングラスのお兄さん。二人とも起きてレジャーシートの上に座っている。
空は少し日が下がってる。涙が頬を伝う。

戻ってこれた。
この世界に戻ってこれたっていうとてつもない安堵から、おもわずお姉さんの身体にしがみつき、わたしはしばらく固まってしまい動けなかった。

じゃなくて……なんだっけ、えっと……

「あ゛ーー!! 面接!」
「うるせぇ! びっくりした!」
「え、なーに」

瞬間、涙がすっと引き、かわりに頭のうしろのほうから変な冷や汗が出てきた。
スマホを見る。午後四時。
とっくに終わってる。
まぁ、いいや、べつにいい、むしろ良かったよ。
こんなしっかり寝れたの久しぶり。

「やっぱ就活中だったの……ごめんね、なんかもう、なんかさ、3日ぶりくらいに寝てます! みたいな勢いでさ、すんごい、寝てたから、起こしづらくて」

そしてお姉さんは、一拍空けたあと、

「疲れてたんだよね」

お姉さん、そんなこと言わないでよ。
また泣いちゃうじゃん、わたし、単純なんだから、ほんとに。

すぐ近くにはお兄さんとお姉さんが同棲してるけっこうすごいマンションがあった。
わたしは夜中までおいしいワインとごちそうをたらふく飲んで食べて、その上、車で自宅まで送ってもらった。わたしの慎ましいささやかな人生の中で、ポルシェに乗るのはこれが最初で最後だろうと思った。

お姉さんは、わたしみたいな人ともっと早く出会いたかったって言ってた。その真意は特別訊こうとは思わなかったけど普通に嬉しかった。
お兄さんはなんかの洋楽の鼻歌をうたいながら、楽しそうにハンドルを切っていた。たぶん琉璃たち、合うんだよ、たぶんだけどさ、って。
るりってのはお姉さんの名まえで、実は二人は中学時代からの付き合いなんだって。いやー、青山ってすごいな。

違う、青山がすごいんじゃなくて、たぶんこの世界はそんなに悪くない、のかな。
あのおぞましい色をした夕焼けの世界にいるよりは。

明日の面接はもうちょっと気楽に行こう。それでわたしの一生を左右するようなことがたとえあっても、きっとそれはそれだって、今は、今だけかもしんないけど、そんな感じで納得できそうな気がする。

っていう、図々しいわたしのお話でした。


初出:note 2019年5月頃