帰郷

 東京へ出て五年が経過したころ、当時二十四歳になったばかりの僕の人生はじめての帰郷は、想像していたよりもずっとあっけないものだった。
「おう」
 空港まで迎えに来てくれた父がほとんど目も合わせずに言う。
 僕は、久しぶり、と少し愛想笑いで答える。
 僕の吐息は白い。真冬の高知はそれなりに寒かった。
 父は六年前に比べると少し華奢というか、細く小さくなったような印象を受けた。それから六年前はしていなかった銀縁の眼鏡をかけていた。人って六年も経つとやっぱり変わるものだな、とそのときは妙に感心してしまった。
 僕は父の軽自動車の後部座席に坐る。そうするとやっと一息つけた気がした。家を出たのは朝の六時ごろだった。羽田空港まで電車で一時間、空港での手続きと便の待ちで一時間、飛行機に乗って一時間十五分、最近は乗り物問わず鈍い頭痛が起こるようになっていた。でも、少しの緊張、緊迫を伴った父との再会で、別に嬉しいわけでもないのに、頭痛はすっと引いていった。
「東京の仕事、順調かえ」
「あぁ、うん」
「ちゃんとご飯食べゆうかえ、お前ろくなもん食いやぁせんろ」
「まぁ、そう……かもね」
 雲みたいに中身のない返答をしながら僕は、あぁ、土佐弁だ、と思った。
「たまには自炊もせんといかんぞ」
 そう言う父が料理をしている姿など見たこともない。
「うん、なかなか、忙しいき」
 真昼の南国市は空がとても広く、建物もまばら。何百ものビルが空も見えないほど敷き詰められた東京の景色とはあまりに違っていて、僕は二、三秒ほど圧倒される。山間と広がる田圃には不思議な冷気が満ちている気がした。
「彼女はできたかえ」
 はじめて父が顔に笑みを含ませながら言った。
「まぁ、できたりできんかったり、今はいな……おらん」
 本当のことはたぶん、父には言えない。
「そうか」
 カーブを曲がるときの荒っぽい運転はいまだ変わっていなかった。
「会場ってどれくらいで着く?」
 僕が訊ねると、ん、この近くやきあと五分ばぁしたら着くで、もう構えちょき、と少し語気を強めて父は言った。
 信号が青に変わり、アクセルを踏むと車のなかはがくんっと小さく揺れる。昔から、父の性格がそのまま反映されているかのような運転だった。それを思い出していたら、またぼうっとしていたみたいで、いつのまにか、着いたで、と。
「お父さん、ありがとう」
 イントネーションは、なんとなく土佐弁にもどっていた。
「おぅ、まぁ、おばあちゃんに会ってちゃんと話してきぃ」
「うん」

 会場についた。入り口で母が待ってくれていた。
「あんた、髪、どうした? 伸びたねぇ」
 笑いながら言う。母は、見た目にはあまり変わっていなかったように思う。
 母に連れられて、僕は祖母が眠る一室に入った。十五畳くらいのちいさな和室に、十数人の親戚一同が集っていた。みんな座布団に腰をおろしている。名前も顔も見たことのない人だって何人かいた。僕が部屋に入るとその一団がほんの少しざわめき、そしてまたもとの静けさにもどった。
「おばあちゃんの顔を見ちゃって」
 母に促され、棺のなかにいる祖母の顔を六年ぶりに見た。彼女の顔は六年前とほとんど変わっていなかったように記憶している。白髪が増えたかな? それくらいだ。だからなおさら、あっけないな、と思った。
 その日は、なんにも感じなくて、涙も流していいのか、誰になんて話しかければいいのかもわからなくて、ただ一、二時間――ぼうっと坐り込んでいた。
 僕の他に県外からこの葬儀のために帰ってきたのは、あとは親戚の三十前後の女一人だけで、その女の名前も僕は忘れていた。大阪で店舗設計の仕事をしているらしい。
 通夜の記憶はまったくといっていいほどない。
 どうしても思い出せない。
 弟二人がやけに無口だったことと、あとは同い年のいとこがやけに美人になっていたこと、くらいしか記憶になくて、きっとあまりたいしたことと思っていなかったんだろうな、と思う。
 親戚の人たちとは少しずつ世間話や、今の仕事の話なんかをした。
 髪が伸びた、は、二、三人くらいに言われた。
 この髪型に落ち着くまでにいろいろなことがあって、この六年間いろんな思いを抱えて生きてきたんだよ、と、こころの内で呟いて自尊心を保つことしかできなかった。
 僕が故郷を出てからの六年間を知っている人は、このなかのどこにもいない。
 誰も僕を知らないのに、まるでみんなが僕のすべてを知っているかのようにふるまうその態度が、なんというか田舎独特の空気で、だけどもそこまで不快なわけではなかった。
 会社から携帯に着信があったので慌てて和室を出て、ふだん、電車のなかでも大声で堂々と話すくせに(自慢げに言うことではないけど)、そのときは廊下で小声になっていた。

「みんな、おばあちゃんにメッセージ書いて、この紙を棺のなかに入れるきね」
 いとこの母がそう言って、孫たちだけにそれを配る。
 孫のなかで一番年上の僕といとこの美咲は二十四歳になるのに、中学・高校生たちに混じって、そのピンク色の短冊みたいなメッセージカードに祖母への想いを書き記した。

 おばあちゃんへ
  つらいこともあったけど最近は元気です。もうすぐ結婚するかもしれません。弟たちも大きくなりましたね。最後までいれなくてごめんなさい、今までありがとう。

 そっと紙を裏返して、回収係になった美咲に渡した。

「冬弥君、今東京におるがよね」
「うん」
 美咲となんてことのない会話をするのが十年ぶりくらいだろうか。思春期のころはお互い話せなくて、高校生くらいになるといとこに会ったりなんてしなくなって、そうしているうちに二人ともいい大人になってしまった。
「いいなぁ、遊ぶとこいっぱい、うらやましい」
「そうでもないよ、意外とね、本当に誰でも楽しく遊ぶとこって、ディズニーランドぐらいやったりするで」
「だってディズニーに日帰りで行けるがやろ? それがすごい」
 そう言ってくすくすと笑った。
「美咲ちゃん、今なにしゆうがやったっけ」
「今ね、看護師学校に通いゆう」
「え、すごいやん、看護師になるが」
「うん、まだ入ったばっかりやけど、バイトしながら」
「そうか、すごいねぇ。あれ? まだ実家におるがやろ」
「うん、わたし一人暮らしは金銭的に無理やき」
「そう」
「家、出ていきたいわけやないがやけど」 
「うん」
「でも、バイトが大変。居酒屋やき」
「そう、夜遅くなる?」
「うん、帰りが朝になる。それで朝から学校行って」
「えぇーっ、大変やねぇ」 
「そうながよ」 
 気づけば、美咲が帰る時間になるまでずっと話し込んでいた。お互い、こうして話せたことが嬉しかったんだろう。どっちも少しだけ高揚していて、別になんとも思っていないのに、僕らはそれぞれの話に、何度も何度も、やさしく相槌を打った。

 その日は美咲の家と交代で夜の番をする段取りになっていた。美咲家が先に帰り、僕たちの家族は夜の十一時くらいまで祖母が眠る和室にいた。美咲家がもどってきたので、僕たち家族は実家に帰った。母が車を運転して、弟二人が後部座席に、僕が助手席に乗った。
 工事中の道路があって帰り道は少しだけ迂回した。黄色いテールランプがところどころに光っていて、夜道は意外にも慌ただしく、そして鮮やかだった。

 翌日の告別式、冬空に銀色の陽光がきらめくやけに美しい日だった。
 喪主は伯父――美咲の父――が務めた。
 出席者は三十人ほど、親類のみのひっそりとした雰囲気のなかで執り行われた。
 葬式――物心ついてから初めてのことだったので、これが世にいう葬式かぁ、とやけに他人事のように、一瞬のあいだ、そんな思いがちらついたことを憶えている。

 二日前の早朝、母から電話で起こされた。
「あのね、おばあちゃん、死んだき」
 とてもあっさりとした言い方だった。
 僕も覚悟はしていたから、そうか、としか言えなかった。
「明日、帰れる? 明日お通夜やけど」
「うん、会社に言って忌引き休暇取るよ」
 そのまま、いつもは倦怠感に包まれて慌てて支度をする自分が嘘のように、ゆっくりと顔を洗って、ゆっくりと着替えて、コーヒーを一杯飲んで出社した。時間の流れがその日だけ違っていて、都会の目まぐるしい忙しさも結局は自分の感覚次第なのかもしれないと思った。
「急なことで大変申し訳ありませんが、祖母が死にまして、明日から三日間、高知の実家に帰らせていただきます」
 ちょうど繁忙期を過ぎていたころだったこともあり、スムーズに引継ぎをして翌日から休みを取れた。

 告別式の日のことにもどる。
 細かい段取りまで憶えているわけではないけれど、最後、伯父が挨拶をした。
「今、みなさんに見守られて母は旅立ちます。きっと天国で、亡き父に会い、父がこの目で見ることのできなかった孫たちの話にも花を咲かせることでしょう」
 もしかすると、ネットで検索すれば出てくるような決まりきった言葉なのかもしれないけれど、僕たち――孫たち――はいつのまにかみんな泣いていた。
 僕と弟二人、美咲と妹三人、祖母の子どもの子どもたちはみんな、大好きだった祖母が死んでしまったことをちゃんと理解できる年齢にまで成長していた。
 出棺の時間。僕も含めた孫たちは、その棺にいっぱいの花束と、それぞれが書いた、祖母だけが読むメッセージカードを泣きじゃくりながら入れた。みんな泣いていた。おばあちゃん、おばあちゃん、何度も呼びかけた。その瞬間だけ、なにかおおきな力で僕は、僕たちは本当の意味で子どもにもどれたような気がした。祖母とのきれぎれの記憶が、幼少期まで羽を広げて、フラッシュバックをつづけていた。真っ白で、とてもきれいな光景だった。
 人前で涙を流したことなんて、何年ぶりなんてものじゃないくらいだ――思えば子どもの頃は、ちょっとしたことで火のついたように、よく泣いていたけれど。
 陽光はいまだ冬の空に鋭く差し込み、光と陰を鋭角に形作っていた。
 ほろほろと降り出した雪が黒い喪服に落ちる。
「雪降ってきたね」
 母はなんでもないことのように言う。高知で雪がこんなにも自然に降るなんて、これはこれで珍しいことだ。
 母と二人で車まで歩きながら――。
「冬弥が生まれた日も、こんな感じやったで。空は晴れちゅうに、雪がずーっと降りよって」
「そう」
「うん。やき、お父さんと、冬弥って名前にしてよかったねぇって言いよった」
 僕はふたたび助手席に乗り込んだ。弟二人は後部座席に乗り、母は運転席に乗った。
 火葬場に向かった。 

 そのころにはもはやみんなの涙も涸れきっていて、淡々とそれが進んでいった。新しく建ったばかりのきれいな施設だった。やはり田舎町だと需要は多いのだろうか。ガラス貼りの天井が高い待合室で僕たちはなにも語ることなく静かにソファへ凭れかかっていた。
「あ、雲がすごい動きゆう」
 母がまるで子供のように無邪気な声をあげた。
 ほんとだ――僕しかあいづちを打つ人間がいなかったので、しょうがなく呟いた。
 弟たちと、美咲の三人の妹たちは退屈して、外に出ている。昔から仲が良く、一か月に一回は僕たち家族が美咲たちの家へ遊びに行くことが慣例になっていた時期もあった。祖母は美咲たちの家に住んでいた。晩年もずっとだ。最近は祖母が入院しがちになったのと、みんなが思春期に入って、少しお互いを避けていたのもあって、疎遠に近い状態になっていた。
 美咲も、その自覚はあったらしい。
 母が伯父に呼ばれて席を立つと、僕のほうのソファに美咲が来た。
「真治君と真理人君、妹らぁと遊びゆうみたい」
 と、くすくす笑った。
「昔はみんなで遊びよったでね、なんか、家でトランプしたりとか、公園でバドミントンしたりとか」
「そうながって! なんか、最近冬弥君らぁ来んき、さみしいなぁってずっと思いよった」
 僕はゆっくりとうなずいた。
「おばあちゃんのおかげで、なんかみんなぁ、昔に戻れたみたいやね」
 美咲はそう言って、だめ、泣きそうや、としぼむような声で呟いた。
「ねぇ、ちょっと早いけど、冬弥君、元気でいてね」
「うん、ありがとう、美咲ちゃんも、看護学校、がんばって」
「うん――ありがとう」
 なんとなく、土佐弁独特のイントネーションは安心を与えてくれる。
 ありがとう、ではなく、正確に再現すると、ありがとお、だろうか。
 母音の強調があって、それが心地良く耳に響く。
 係員が僕たちの順番を呼んだ。武田家様、武田仁志様。

 祖母はきれいな骨になっていた。崩れもせず、きれいに形を成していた。なんだか、こんなにきれいなものなのかなぁと、今回の葬儀の全体を振り返ってみて、ふいに不思議な気持ちに駆られた。それはきっと、祖母の人格なのだろうと半ば強引に解釈してみようとした。誰もが祖母を愛していたし、誰もがきれいに葬儀を執り行おうと、敬意、それとも違う、なんていうんだろうか、気遣い、そんなものがあったような気がする。
 僕は伯父と母と、美咲と美咲の母との次に、祖母の遺骨を真治と二人で拾って、慎重にゆっくりと、骨壺に入れた。そのときのこころは母が待合室で見たゆるやかに動く雲のようで、もはやなにも考えることもなく、ただの作業みたく、粛々と進めていった。
 その作業が体感で十分間くらい、親戚たちも遺骨を摘んでいって、彼女の華奢な身体はすべて骨壺のなかに吸い込まれていった。

「えっ、お父さん来ちょったが? 全然気づかんかったがやけど」
 母が驚いて言った。
 告別式の翌日、実家のリビングで、なにも予定のない残り一日を過ごしているとき、ふいに父が玄関からあがりこんできた。
「真治と真理人は?」
 父が訊ねる。
「真治は今日仕事。真理人は友達ん家に遊びに行っちゅう」
 母がそっけなく答える。
「そうか、あ、あとこれ、今月分やき」
 選別みたいな調子で、父は封筒に入れた真理人の養育費を母に渡す。持参した缶ビールを飲みながら、ちょっとやけど参列したで、と言った。お前ら、びぃびぃ泣きよったにゃあ、笑いそうになったわ、と。
 両親はとっくの昔に離婚しているけれど、養育費を手渡しにくるついでに、父はよく家にあがりこんで、こうして持参したビールを飲んで過ごす。離婚の原因は母曰く、父の浪費が原因らしいけれど、それも子どものころに聞かされたことだ、きっとそれだけじゃない理由がいくつも折り重なった結果なのだろう。今更聞くことでもないけれど。
「俺、お義母さんに会ったのってもう何十年も前やきにゃあ」
「そこまでやないろ、ほら、旅行行ったやん、鳥取に。赤ちゃんやった真治と、冬弥連れて行っちょったろ」
「ん? 宮島やったら憶えちゅうけど」
「鳥取はおばあちゃんと俺とお母さんの三人で行ったろ、なんかごっちゃになっちゅうで」
 僕が笑ってフォローするけれど、なんとなく母のなかで記憶の整理ができていないようだった。
 外は銀色の雲が光り、うっすらと晴れている。
 ヒーターが広いリビングをじわじわと暖める。真冬の空の寒々しさを見ると、部屋と外との境界は、その温度差と同じくらい、とても大きく隔たっているような感覚を覚えた。なんだか今日は一歩も家を出たくなくて、もともと急な帰郷だったこともあって友人との約束なんかもなく、あとは弟の部屋にあるマンガでも読みながら時間を潰して、そして去っていくだけだ。
 明日からまた東京での日常がはじまる。満員の中央線に揺られて職場へ輸送されていく、慌ただしく、スピードに押し潰されそうなあの日常がはじまる。
 そんな憂鬱も含んでいた空なのかもしれない。
 父と母の会話は途切れることもなく、楽しげにつづいている。


初出:note 2024年8月 神谷京介公式サイト(仮)
制作・脱稿:2017年1月頃?