私設図書館

 夢でいつも歩く道がある。それは故郷の帰り道で、その日も少し晴れた空の下だった。旧道と呼ばれていた細い通りに入る手前にガソリンスタンドがあって、道に入るといくつかの民家がありそのうちのひとつが実家だった。あとは、錆びた車が並ぶ(営業しているのかどうかもあやしい)中古車屋と、床屋と酒屋とちいさな商店と、ぼったくり価格と言われていたバイク屋がある。夢で見るその道は、現実の景色と同じとはかぎらなくて、時には巨大な山がそばに聳えていたり、周りが白い光でぼやけていたりする。僕はいつもの夢のように、なんの疑いもなく歩いていた。そのうち、いつしか建物の中にいた。この建物も、架空の故郷にあるのだろうか。体育館よりも広い巨大な空間には、さまざまな物品が吊るされたり並べられたりしている。高い壁に沿って本棚がずらっと並んでいるけれど、まだあまり本は置かれていない。僕はその本棚の隙間に本を挟み込むように置いたり、本以外のものを置いたりしていた。
 この町に、僕の図書館が開かれるのだった。僕はその準備作業をしていた。僕は一人でそれをしているのではなくて、巨大な館内にはたくさんの仲間がいた(総勢で20人くらい?)。彼らや彼女たちは、数日後のオープンに向けていそいそと服を並べたり、おもちゃを並べたりしていた。あるいはオープンを祝うための飾りつけをしている人たちもいた。みんな、僕の図書館のためにがんばってくれていたのだった。
 何時間か経ったころ、一息つこうと思い手を止めた。給湯室に行き、コーヒーを入れて、ちいさな椅子に座って遠くからみんなの作業を眺めた。
 ふと出入り口の扉のほうを見ると、若い男性が一人、ぽつんと立っている。僕はその人に見覚えがない。なにが行われているのかと思って覗きにきた町の人だろう。僕は彼のもとに駆け寄り、声をかけた。
「こんにちは、オープンは明後日なんです。でも、しばらく見ててもらっていいですよ」
 と僕は言った。
「こんにちは、広い場所ですね。服も売ってるんですか?」
「はい、でも、着古しなのでお金はかかりません」
「え、タダ?」
「はい」
「服屋さんですか?」
 彼は僕に訊ねた。僕は、うーん、ちがうかなぁ、と困りながら言った。
「たぶんここは図書館です」
 と僕は言った。
「ああ、なるほど。たしかに本がある。あの、僕も手伝っていいですか?」
 彼がそう言うので、僕はうれしくなって、どうぞ、と頷いた。なのに、いつのまにか彼の姿はどこにもなく、僕のそばから消えてしまっていた。
 僕は作業を再開することにした。
「これはどこに置くんだっけ」
 と僕は仲間に訊ねた。
「こっちですよ、だって自分で言ってたじゃないですか」
 と言い、彼女は微笑んだ。しゃがんだまま工具を持って、なにかしらをしていたけれど手元はよく見えない。館内は淡いオレンジ色の照明に照らされている。コーヒーはどこかに置いたきり、くゆらせるものもなく消えてしまった。
 ここにいる人たちはみんな、現実のどこかで会ったことのある人たちだった。昔の職場の同僚や、昔のクラスメイトや、昔テレビでよく見た芸能人。夢から覚めたあとに考えると、とくべつ意識していないような人たちも多くて、その上、それがだれだったのかも忘れてしまったくらいだ。でも、みんなどうしてかとてもやさしくて、熱心に作業をつづけてくれていた。僕は館内を歩き回って、みんなに声をかけていった。ありがとう、と僕は言った。なんとなく、文化祭の準備みたいな雰囲気もあった。もう一度、手の届かないほど高い本棚を眺める。並べられているのは本だけじゃない。昔遊んだおもちゃや、昔飲んだジュースの缶や、昔買ってもらった腕時計。でも大半は、昔読んだたくさんの本だった。中央には、スーパーの服売り場みたいにずらりとハンガーにかけられている服がある。それは僕が昔着ていた服ばかりだ。
 この図書館には僕の記憶が並べられているのだった。そして窓からは淡い日差しが射し込んでいる。とてもきれいだ。
 僕はこの図書館が開館したあとのことを想像している。町の人たちが、あるいは町の外から来た人たちが、ここにある本や服を手に取ってくれている光景だ。
 きっと賑わうはずだ。そしてそのうち落ち着いてきて、それからも細々とやっていくのだろう、とか。
 遠くから僕を呼んでいる(社長! とか呼ばれていた気がする)。その遠い声を聴いて、館内放送とかあったらいいよね、みたいな話を僕はそばにいる人と話した。
「そうだ、みんなのアイディアをよくよく取り入れよう、そしたらもっとよくなりそうだから」
 と僕が言うと、彼女はそれにうなずいた。
『館内放送(お金かかる?)』とメモ用紙に書き留めて、僕は自分を呼ぶ声のもとへ急いだ。でも僕は手を切って泣いてしまった。切り傷ができた。包丁を並べていたときに起こったことだ。僕は、だれかー包帯とか持ってきてー、みたいなことを言った気がする(館内放送があればね)。それから僕は彼女のもとへ行き、痛いよ、と言って寝転んだ。さて、すっかり治るはずだ、明日には。僕はそう信じて疑わない。淡い光が射し込んでいる。記憶は照らされているのだ。

 僕の図書館が開館したあと、僕はたぶんいない。来てくれる人たちのことを僕は知らないままだと思う。でも想像している。未来があるとするならば、それは僕の目に見えるかどうかは関係なく、きっとそこにあるものなんだ。そう思っているのかなぁ。
 手伝ってくれる仲間たちには感謝している。彼らや彼女たちもまた、もしか未来のことを知らないのかもしれない。そうするとなんだかそれってとても不思議で、夢の中で話した内容もほとんど忘れてしまっているし、あんなにちゃんと話せていたのに、どこか僕も、みんなも、顔のない人形みたいだった。僕はやっぱり、小説を書くのが苦手なんだなぁ、そんなことを思った。書き留めておけば、まだしも忘れない。小説を書けて僕はよかったと思う。


初出:神谷京介オフィシャルサイト(仮) 2024年10月

脱稿:2024年10月25日