再生

子どものころは、いろんな妄想や想像が好きだった。
今思えば幸福だったのだと思う。なにを気に病むことなく、ぐっすりと眠れる場所がただひとつでもあったことは。

脳内で人の顔や景色を思い浮かべたりする行為をなんて言うのかはわからないけれど、最近はなにを想像しようと「白い部屋に黒い砂」の光景しかイメージできなくて、困惑している。

真っ白い部屋の中(立体的な感じはしない、言葉には表しがたいけれど)、視界に黒い砂がチリチリうごめいて、形を作ろうとしている。

たとえば懐かしい人の顔、今日やらなきゃいけない仕事の段取り。
黒い砂の塊は、少し不揃いではあるものの、なんとなく人の形だったり、なんとなく物の形だったりして、色や輪郭がなくても、やっぱりわたしもなんとなくわかった気になる。

補足すると、最近は夢でさえ白い部屋の中の黒い砂、の光景なのだから、ちょっと呆れてしまう。

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今日の朝、目を覚ますと。
自室であるはずなのに、あの白い部屋になっていた。わたしはベッドに寝そべったまま、動けなかった。
枕元のぬいぐるみやスマホ、テレビ、ローテブル、エアコン、窓、それらはすべて黒い砂だった。黒い砂は、これが形だよ、とでも言いたげに、チリチリと、その形なりに、ゆっくりとうごめていた。

数分経ってもつながった意識の中、わたしはその白い部屋の中、ちゃんと呼吸していて。

やがて黒い砂の塊は、徐々に色や奥行きをつけ始めていく。
半日かけて、ようやく普段の景色にもどった。
わたしはその長い時間、ただぼーっと、再生する景色を眺めていた。

惜しいような気もする。このままわたしが望む世界に連れ去ってほしかった。
たとえば、まだ黒い砂のままだった部屋の扉を開けて、玄関の扉も開けて、外に出てみれば、なにか違うことが起こったのだろうか。

今日いちばんの後悔は、一生でいちばんの後悔になるかもしれない。
だけど、もしも明日の朝、またチャンスが回ってくるならば。

なにも気に病むことなく、そのときは素直に扉を開けてみようと思っている。


初出:note 2020年頃(調査中)