てんてらす

わたしには地球の目がついてる

今日からnoteをはじめてみました、Terraです。てら、と読みます。本名です。

はじめに

わたしは長い文章を書いたことがない。ペンを持つのなんて学校の授業(もあんま出てないけど……)しかないし、スマホでやることもTikTokとインスタくらいだし、それらは文字を入力するまでもない場合が多い。
だからわたしは文章の書き方がわからなく、今、けっこうぎこちないと思う。
それでも書いてみようと思ったきっかけは、実は「あなたの文章を読んでみたい」と言ってくれた人がいるからなのです。
「てらちゃんってさ、言葉ぜんぶが詩みたいだよね」
その人は三つ年上のお姉さんで、大学生です。
更に言うと詩がどういうものかもよくわかりませんでした。国語の教科書に載っていた詩は、なんだかお豆腐をポッピングシャワーにしたみたいで、ぎこちなくて、あまりいいと思わなかったな、わたしは。
かといって今わたしが書いてる文章はもっとどうしようもないと思うので、詩みたいなきれいな言葉は次回以降に期待してください。本当は、こんな風に堅苦しい言葉遣いをする人ではないです(敬語使えないし)。かといって詩みたいなことをずーっと言ってるつもりもない……と思ってたのに、その人は言うんです。言葉ぜんぶが、詩みたい。
それって、なんか、うらやましいですか?

わたしには地球の目がついてる

もう書くこともなくなってきたので今日はこのへんで終わりにしよ。一個だけ変なこと言って終わりにしよ。だってなんか人と違ったことを書けばバズるってだれか言ってたから。だからわたしはわたしの「人と違ったこと」を書きます。
自分って、どこからやってきたんだろう、これからなにができて、どうなっていくんだろう。そもそも自分ってなんだろう。
そんな風に思うことってありませんか?
わたしはね、思わないです。
わたしって地球なんです、名まえのとおり。
わたしには地球の目がついてる。
自分の中に、不思議なスイッチがあります。
そのスイッチが反応すると、わたしはいつでも、どこでも、起きているときも眠っているときも、夢を見ているときも、地球になって大気圏に浮かぶ。
高い高い、天空に浮かんでいる。
そしてそこから地球全部を見てる。
遠い景色、近い景色。
たとえばあなたが朝、眠たい目をこすりながらがんばって支度して扉を開ける場面。
たとえばあなたが冬の冷たさを感じる道で、マフラーをぎゅって巻き直す場面。
と同時に、その裏側で起こっているたくさんの出来事も、ふっと視界に入ったりして。
未来も過去も関係なく、すべて地球で起こることはわたしが見えるもの。わたしの目の中で起こること。
こういうことをわたしは人に言ったことがない。
本当はぜんぶわかるのに、わからないふりをするのも辛い(友だちのこころの中とか、世界の行く末、どんな風に地球が壊れて、終わってくのか、とか)。
だけど浮かんでいるあいだはひどく心地良い。
わたしの身体はわたしじゃなく、地球であって、宇宙はこの指先でふれることができて、高い空の青さも、冬の銀色の雲も、ぜんぶがわたしをゆるしてくれる。
わたし今日、人生で初めて初詣に行ってきます。わたしの言葉がぜんぶ詩みたいって言ってくれたお姉さんと。
そこで告白してみようと思うんです。
ねぇ、わたしには地球の目がついてるんだよ。
未来がぜんぶわかる。
未来に行くことだってできる。
これからあなたにするお話を、どうか嘘つきだなんて思わず、聞いてほしい。わたしの初めての友だち、大切な人。
わたしは大切な人との接し方を知らない。
なにをもって慈しめるのか、なにをもって壊してしまえるのか、それがわからない。
地球のことならぜんぶわかるのに、自分のことはわからない。

冬の雲は銀色で、とても美しいとわたしは思います。
白い息は青い空気に混ざって、信号待ち、ポケットの中、かじかんで、まつげだってパサパサで。
横断歩道を渡って、右に続くちいさな路地にはちいさなケーキ屋さんがあって、ガラスの向こうでオレンジの灯りがいつもともっています。
でもほかのお店は閉まっていて、錆びた雀荘の看板があるけど、お店はもうありません。
そんな細い路地を通って、わたしはあの人の家に向かいます。
鼓動ってこういうことかな、なんて。
そのあと二人で、歩いて神社まで行きます。
きっと、人いっぱいだろうなぁ。
不思議なスイッチがそのあいだは入らないことを、願って。

オーギュスト・ブランキは夜の中で

きっとこの目で一生かかっても見れないだろう。
その絶望感は、たまらない。
それは人間の心を箱に閉じ込め、そして人間の心をなによりも自由にする。

僕は絶望することが好きで、だから本を読む。
知識とは、自分が空に浮いた足を地上へ引っ張り、叩きつけるためにある。

家族の話

僕には弟がいる。2才年下で、つまり学年でいえば中学2年なのだけど、学校には通っていない。弟は声が出ない。正確に言うと1年ほど前からしゃべれなく(しゃべらなく)なった。そのきっかけを作ったのは間違いなく僕が「確実に傷をつけてやろうとして」言ったとある言葉なのだけど、弁解するわけではないがあくまでもきっかけでしかなく、きっとこうなるであろうことは家族のだれもが予想していた。父も母も、知らぬ顔をしていたけれど、そして今も平然と知らぬ顔のままなのだけど、僕はただ、決まりきったスイッチを押しただけなのだ。
弟はそれ以来、家から一歩も出ていない。たまにどこから連れて来るのか、医者だかカウンセラーだかよくわからない大人が訪問することはあるが、たぶん弟は自室に彼らを招くことはない。母とだけ話して、いやに堂々とした態度は崩さぬまま、では失礼します、と去ってしまい、二度と来ない。
兄弟の部屋が別々に分かれていて心底良かったと思う。
たまに、本当にたまに、弟の姿を見ることがある。廊下ですれ違ったり、洗面所やトイレに行くのをリビングから目にしたり。
昔から白かった肌は更に青白く、ちいさな顔は痩せて更にちいさく、なのに、黒目がちな、光を集めるようなおおきい瞳。
彼を直視できない。宇宙人のようで、気味が悪いと、思ってしまう。
テレビのローカルニュース。この田舎町で10年前に起こった連続殺人事件。犯人と思われていた女子高校生が直後に変死を遂げていたのも話題となり、当時は全国ニュースでも取り上げられていたらしい。事件発生からちょうど10年が経ったと、アナウンサーが報じている。
母と二人でテレビの画面をぼーっと見ていたら、ふいに別の視線に気がついた。弟が、廊下とリビングを隔てる引き戸の隙間から、僕たちとテレビを覗いていたのだ。

自分の話

たぶん弟は昔から、ずっとちいさなころから、僕には見えない世界が見えているタイプの人間だった。比喩とかではなく。
よく、なんにもないところをつまむような仕草をしていた。虹色の糸が張り詰めているのだと弟は言う。当然ながら僕には見えない。弟にも見えていないのだと言う。だけどそこにあって、色も見えているのだと言う。
同じテレビを見ていても、同じ遊園地に遊びに行っても、弟はなにか夢のような別の景色にふれている。
それであったから余計に、弟が中学生になったのを機にその「見えない世界」をたくさんのクラスメイトに踏みにじられたこと、化け物扱いされ、蔑まれていたこと。その近況を人づてに聞くたび、なにかが奥底から這いずってくるような、これまでに覚えたことのない感情の芽生えに気づき始めた。やっと僕が息を吸える日が来た、そう思った。

ブランキ

僕はこれまでたくさんの本を読んだ。なぜかといえば自分が矮小であり、一切信頼のおけないからっぽの箱だと、ずっとずっとちいさなころから気づいていたからだ。知識をつけることで自分をおおきくしたいのではなく、知識をつけて自分をもっともっとちいさくしたかった。矮小な自分を見ずに済むくらい、たとえば人間にとっての足元のアリのように、もっともっと見えなくするためには、もっともっと世界の仕組みを知る必要があった。
読書をする時間はそして夜に限った。
僕にとって昼間は人間の住む世界で、夜は知識の住む世界だった。そうやって不要なものと必要なものを分けていきながら、どうにか居場所を探していた。
夜に宇宙を重ねる。
宇宙のことを考えていると、自分が最も矮小になって、消えていく気がする。
オーギュスト・ブランキは地下深くの土牢の中で『天体による永遠』を書いた。
窓は潰され陽光はどこからも射し込まない。湿気と寒さと、要塞中の足音や物音、話し声が反響して響くすさまじい騒音の充満した部屋の中で一人。
「墓の中に閉じ込めたのなら、せめて墓なみに静かにしてくれないか」と彼が要塞司令官に抗議したやりとりが残っている。
あらゆる責苦に苛まれた老年のブランキは、衰弱状態の中、それでも本書を書き上げた。
限られた元素と物理法則の中で、宇宙は無限に広がっている。ならばこの宇宙の中で全く同じ天体、すなわち瓜二つの地球、瓜二つの歴史は必ずある。そして同じ顔をして、同じ人生を歩む僕たちのコピーは必ずどこかにいる。コピーは僕たちのほうかもしれないけれど。
ブランキの理論を救いようのないペシミズムだと書いていたけれど、僕は違うと思う。
救いようのない無限の宇宙、暗く静かでなんの情緒も受け付けない宇宙に、僕は救われる。
僕は人間であって、どこにも手が届かない。
宇宙の果てにも、瓜二つの星に住む瓜二つの自分にも。
その救いようのなさを感じるとき、僕はどうしようもなく自分が人間であることを感じて、それはたしかな救いだった。
ブランキと、彼と同じ景色をいつか見れるのなら、見てみたい。
人間として、最果ての、行ける限り最果ての景色の中で、自分をなくしたい。

てんてらす -Ten terrace-

一人の部屋は、エアコンもつけてない部屋は、つめたい。
ヘッドフォンを外す、音が漏れる。クリック、Spotify、ちいさな画面が閉じる。
さらさらの光が射す、カーテンの隙間。
ぶつぶつ、独り言。
癖、わたしの。
わたしはわたしの声しか聴こえないまま。
そのまま、緑色の公開ボタンをクリックしてみる。

「あっ……なに、タグつけれんじゃん」

知らなくて、そのまま。
なんだかよくわからないけど、真っ白なnoteのトップ画面に、ひとつ、わたしのさっき書いた記事がある。
思考が未来へ向かう、くるくるって頭が回ってる。それくらいきっと、楽しいはずだと。だけど未来は読まない。
いい加減、人間らしいことがしたい。
さっきの投稿をぼんやり眺めながら、へたくそ、ってまた独り言。
未来が回るほうへわたしは行く。頭の整理がようやく終わる。鏡を見ながらそーっとピアスをつける。今日のわたし、それをくれた人に会いに行く。

未来が回るほうへ。

「お父さん呼んでくる」

「先、車乗ってていい?」

「あぁ、はい」

母はそう言ってキーを渡す。汚れたスニーカーを履いて外に出る。なるべく目を合わせたくないのはきっとお互い様だろう、こちらなりに気を遣っていることを、父は知っているのだろうか。

後部座席にもたれこむように座って、そのあと、意識が飛んだみたいになにも考えられなくなって、考えたくなくなって、気がつけば運転席に母が、助手席に父がいて、景色は走る、流れていく。薄く青い空に、電線が張り詰めて、伸びて、その向こうに銀色の雲が、こちらも動く。

「お守りも買うから」

母が念を押すように、ハンドルを握ったまま。
午前10時、既にたくさんの人が集まっていて、神社の前の坂道に車を停めた。そこも駐車の列を成していて、扉を開けて外に出ると排気ガスの匂いがした。

「ひびき、ひびき、またぼーっとしてる」

母の呼ぶ声。振り返る、父は既に一人で先を歩いている。

「ママ、あいつ、朝ごはん食べたの、用意しなくて平気?」

気がかりでしょうがなくて、つい訊ねた。
僕は弟のことをこの1年ほど名まえで呼んだことがない。「あいつ」と呼んだのもほぼ1年ぶりくらいだった。「あれ」と呼ぶことはあっても、人間らしく「あいつ」なんて言ったことは久しくなかった。

「知らない」

母はやわらかく笑う。冬の光が彼女の髪にふれ黄金色にかがやく。僕はそれを見てる。境界のようだと思う。



道はいつもと同じで、いつもと同じ景色だった。ただオレンジの灯りがともるケーキ屋さんは閉まってた。元日だからね。でも雀荘の看板も同じ。どこもおんなじなのに、あの人はいなかった。
3階建てのちいさなアパートの3階、301号室、表札がなくなってた。あのかわいらしい梅の花のシールも、わざわざフルネームで書いていた丸っこい文字も。
玄関扉のドアノブを引いてみて、鍵がかかっている。そのがちゃんという音と、空気の広さを感じで、やっぱりだれもそこにいないのを察した。
最初に思ったのは、あ、noteの記事修正しなきゃ、ってこと。
たぶんだけどこの世界にあの人はいなかった(たぶんだけど)いるように錯覚してた(たぶん)、だから修正する、消す。
文字に残すなんて、そんなことわたしはしない。
ずっと外の廊下に立ってうじうじ考え込んでたら、耳もかじかんできて、ピアスがふるえてるみたいで、つめたくなって。

「初詣連れてってあげるって、言ったじゃん」

そんな恨み言も、出てくる。
生まれて初めてできた大人の友だちは、本当はいなかったのだ。

錆びた階段を、下りていく、そのたびに、ぎしぎしと軋むような音がする。
気づけばたくさんの人が、奥にある神社へ向かい、寄り添いながら、身体をあたため合いながら、歩いている。
わたしはその景色を見たくない。
わたしはあの景色になれたかもしれない、そんなことを思うと。

その瞬間、スイッチが切り替わる。
うそ、うう……ここで? 思わずそんな独り言。
わたしはこんなタイミングで地球になってしまう。

本当の地球の姿は、きっと多くの人が想像しているほど整ってはいなくて。私が大気圏から眺めている地球は、縮尺も色も形もすべてがおもちゃみたいで、とても愛らしい。視界はずっと歪んでいて、まっすぐに見れない。それでもわたしはこの地球になって、浮かんでいる。どこにでも、いつでも、行けるから、ぐるぐると周りを回っている。海を越えて、大陸を越えて、街を何度も何度も越える。気まぐれで目を凝らしてみると、愛らしい粘土の地球儀がふいにスイッチングして、地上の景色に変わる。そうやってわたしはいつも地球のあらゆる時間と空間を見定めている。
それにも飽きて、昇る。どんどん、昇っていって、あるところで止まる。
浮いたままの身体、寒さもとうに感じなくなってる。
感情だけ、どうしてか、ふれる。
初めて。
初めてわたしは、天空で、一人、涙を流す。
あの人の名まえは既に思い出せない。それほど時間が経ったということでもあり、わたしは天空で一人、泣いている。声を上げて、子どものように。

・・・

三人、一言も会話を交わさぬまま参拝の列に並んでいた。
元日はいつでも天高くに太陽がある。勘違いかもしらないけれど、そう思う。
「あれ……?」
ぽつり、ぽつりと落ちてくる。
「ママ、雨降ってない?」
「ううん降ってない」
母は不思議そうに僕のほうを見る。
たしかに、静かに、落ちてきた。それはまだ降り続いている。顔を天に向けても、だけど、見えない。
僕がそんな風にあちこち目を動かしているのを、母は見ている。表情も変えず。
やはりやわらかい光が当たり、父と母の輪郭が白くぼやける。

「ひびき、ひびき、ほら」

母が僕の背中を軽く叩く。その手には5円玉が握られていて、受け取った僕は、見よう見まねで、なんにも考えず。
それくらい母には見破られていた。ちゃんとお祈りしてよ、隣で耳打ち。

・・・
・・

『bibiさんがスキしました』
♡1
「スキ」
思わず声に出してみた。なに、スキって。いいねじゃなくてスキなんだ。
「へー……あ、見れる、だれ、これ」
わたしとおんなじ初期設定のアイコン(みどりのスマイルくん)。クリックしてみるとその人のnoteに飛んだ。ひとつだけ記事があった。
スキ、はついてない。とりあえずつけとけばいいのかな、読んでないけど。
♥1
「なにこれ、二人でつけ合ってるだけじゃん、ウケる」

そしたらまた通知。

『Bibiさんがあなたの記事にコメントしました』

『宇宙にふれるってどんな気持ちですか? 興味深いです。』

・・・・ーーー・

初詣に行く直前。
なんとなく「宇宙」と検索バーに入れてみたら、雑多な記事の中から『わたしには地球の目がついてる』というタイトルと銀色の空の写真が目に飛び込んできた。
ねぇ、わたしには地球の目がついてるんだよ。
未来がぜんぶわかる。
未来に行くことだってできる。
最後まで読むと下側にハートマークがあって、クリックしてみると「スキ1番乗り!」というメッセージとともに、赤く色がついた。
およそ人間が書いたとは思えず、奇妙に自我のない文章だった。もしかしたらAIが自動生成した文章なのかも、などと考えていた。

初詣から帰ってきて、夕方。スマホの通知が鳴った。noteからだった。

『てらさんがスキしました』

なぜだか作者は僕の文章のハートマークにも色をつけてくれたようで、ますます謎だった。謎ついでに僕はコメントを書き記して。

『宇宙にふれるってどんな気持ちですか? 興味深いです。』

直後にコメント欄が更新された。

『宇宙が急にちっちゃくしぼむ感じです』

『おおきさがわかるんですか?』

『地球になってるときはわかります。地球よりぜんぜんおっきい』

・・・

『絶対なんか聞きたいことありますよね?』

質問攻めがすごくて、はっきりと書いてしまった。
そうしたらそのbibiっていう人は、はっきりと

『泣いてましたよね、今日。僕のとこにてらさんの涙が降ってきたんです』

・・・

noteというプラットフォームは開かれている場所のような印象だったけれど、僕の使用範囲ではそうでもないようだ。コメント欄がすべて公開されていることをお互いに知らないまま、気づけば何十件とやりとりを繰り返していた。
そういえば僕は今日、頻繁に空を見上げていた。出かける直前『わたしには地球の目がついてる』を読んだからだと思う。どうかすると僕は、実話なのか作り話なのか、そもそも実在するのかもわからない彼女の姿を、天を仰げば髪の毛くらいは見えるような気さえしていた。
僕が彼女の涙を受けたのは、偶然ではなかったようだ。
『たぶんですけど、てらさんの文章を最後まで読んだのは僕だけです』
『笑 この話信じる?』

『信じていたから僕にてらさんの涙が降ってきました』

『bibiくんの好きなブランキ? の宇宙論と違うけど、あたしの見てる地球とか宇宙って。それはいいの?』

『合ってるかどうかなどだれにもわかりません。僕にもてらさんにも。しかしてらさんのように世界とふれ合えたら、きっと人と人とのいろんな問題がなくなっていくだろうなと思います』

『うそ、軍事利用されるだけだよ』

『軍事……』

『笑うとこだってば』

『なるほど』

『bibiくん? っておもしろいね。でもたぶんだけどあたしとおんなじくらい窮屈な思いしてそう』

『窮屈というか、世界が狭いのがとても辛いので本を読んでいます。どうにかまぎらわせたくて。てらさんのnoteはとても開放感があって、天を照らすような文章だと思いました』

『うらやましい?』

『はい、ちょっと』

『うんうん』

『僕はどこにも行けそうにありません。どうやら親に進路も決められているようですし、弟がいつかふたたび口を開いたときにきっと僕にされたことを告白するのだろうと思うと家も出られないです。僕はこの家から出ることができません』

『家、出たいの?』

『わかりません。家族のことを考えると、なにも考えてはいけないように思います』

『』

『てらさん、もしかして泣いてますか? また、涙のようなものが落ちてきました』

『bibiくん、こっちおいでよ。未来をちょっとだけ見せてあげる』

そのとき扉がノックされ、母がコーヒーを持ってくる時間。僕はあわててスマホを閉じる。
不思議な感触だった。
なにかあたたかいものに包まれていくような。
彼女がなにかを発していたのか、僕が勝手に感じ入ってしまったのかはわからないけれど、ひとときの夢を見せてくれたのだと。忘れようと思った。

その翌日、窓を開けて空を仰いだ。
いつもの悪夢も見たというのに、なぜかふたたび、同じ、そこにいて、包まれているような気がした。
未来が見えるようになった。
たとえば数秒先、数分先の未来が、ずっと、ぼんやりと、そこにあるような。
そのことにより僕の生活が変わることはなく、いつもどおり勉強を続けて、夜のほんのわずかのあいだだけ本を読む。


初出:note (2020年頃)