❧夢で見た女①
僕がさまよい歩いている場所は迷宮のようでもあり、毎日通っている学校の廊下のようでもあって、女はその入り組んだ場所をひょいひょいと走りつづけていた。僕はそれを追った。女が走っていった道を辿り、無言でも息をなぜか切らせながら追った。
女は僕を待ってくれているみたいだ。角を曲がるたびに女はそこにたたずんで僕を見ていた。僕が彼女に近づこうとすると、また走って逃げていった。階段を上がって何階かに来た。女はまた僕を待ってくれていた。微笑を見せた。僕にだけ見せていた。他に人の姿は見えなくて、がらんどうの大きな建造物の中を僕と彼女はぐるぐる行き会っては離れて、そんな他愛のないことを幾度も繰り返した。女の走るスピードがいっそう速くなった。僕も力を籠めて走ろうとするがうまくいかない。また曲がり角だ。女がそこに入って姿を見失う。右か、左か。僕は曲がり角に入る。あたりを見回す。なんてことはない、女はまだそこにいて、けらけらと笑っていた。口が裂けるくらいに。
女は僕をからかっているみたいだ。
僕の笑い声が聞こえた。女の声は聞こえない。僕はほんの少しスピードを上げる。女は流水のようにするりと逃げていく。僕の笑い声が聞こえた。スピーカーから漏れ出る音みたいだった。そのスピーカーから懐かしい流行歌が流れた。ずっと幼い頃に聴いたことのあるタイトルも知らない曲だった。女はまだ僕の近くにいて笑っていた。僕の笑い声が反響した。女は耳を塞ぐ。僕は舌打ちをする。スピーカーから最新の流行歌が流れ出した。女がはじけるようにその場から走り去っていく。僕もあとを追う。タカタカと床が鳴るのは、僕の足音なのか。
初出:神谷京介短編集Ⅱ 星屑タロット (2010年3月)