夢で見た女②

    ❧夢で見た女②

 片手に握りしめていた携帯電話が鳴動した。僕はそれを開いて画面を見た。メールだった。一文字ずつ読んだ。告白だと思った。そんなことは初めてだった。読み終わったあと隣に目を移すと、そこに彼女はいた。狭い和室の隅っこに縮まっていた。部屋の中央にある背の低い長机には、宴会のあとみたく皿やビール瓶やめんつゆが敷き詰められていた。手伝いでも頼まれたのか、彼女は、はーいと一言、部屋の向こうにいる家人に返事をしてそちらへ駆けていった。取り残された僕の片手にはもう携帯電話はなくて、壁に掛けられた振り子時計は十数年ぶりにちゃんと動いていた。長針も短針もはっきりとは目に映らなかった。
 僕はタオルケットも掛けず、ただ布団に寝転がっていた。枕元から少し高い位置の息遣い、彼女が床にぺたりと座ったそのまま僕を見ていて、手を握ろうとすると力も無いのにぎゅっと白い感触がした。弟だろうか、子供みたいなものが部屋に数人入ってきて戸棚のお菓子を取っていった。去り際、羨ましそうに僕たちを見ていた。向かいの台所でかちゃかちゃと皿の洗う音が聞こえる。ざぁーと水の流れる音。取り澄ましたようでいて僕のそばの彼女は、台所にいる母が心配なようだった。黒いつやのある髪だった。手でふれようとしても、寝たままじゃ届かない。けれど、このままでいいような気もする。
 彼女は食器を洗いに行った。ふすまを遠慮がちに静かに閉めていった。ひとつだけ残されたうす青い皿の奥へ今の満ち足りた気持ちをふるいに掛けてみた。畳の奥にするりと抜けて染み広がった。
 彼女は何度も台所と僕の部屋を行き来しては、ときおりくすぐったそうに笑っていた。


初出:神谷京介短編集Ⅱ 星屑タロット (2010年3月)