夢で見た女③

    ❧夢で見た女③

 自分たちがたしかに乗ってきたはずの自動車は、もう形も色も思い出せなかった。そのうちに広い駐車場で迷子になった。僕と彼女は握りあったお互いの手で不安を和らげていた。彼女は何度も僕の顔を見上げて心配そうに目を潤ませていた。落ち窪んだ頬に比してその体温みたいな汗の濁りはやけに不釣合いだった。でも僕が見ると彼女は微笑んだ。ブリキ仕掛けのように音もなく微笑んでそのまま片手でそっと覆った。
 車を捜してほしい、と入場口付近にいた警備員の人に頼んでみたが戸惑うだけで何もしてくれない。ようやくのこと警備員が盤に張りついた赤いスイッチを押すとゲートが開き、色とりどりの車が雪崩のように通過していった。僕と彼女はその様子をずっと眺めていたが、そうしているうちに夕が焼け、人はいなくなり、辺りはしんとして静かになった。
 僕が見つめるとまた紙くずのように笑って、その表情を崩さないでいる。
 それから、空の果てまで伸びたブランコに二人で乗った。僕が足で地面を蹴るとゆらりゆらり前後に動いて、徐々に速度を上げた。僕はどんな景色も見えなかった。彼女だけを見ていた。僕の体にくるまっている、いつまでも絶えず微笑んでいる彼女。混ざりあうふたつの影はすぐに雲間へ流された。楽しそうに笑っている、僕はおもわず撫でてみる。
 するとそこに彼女はいなかった。
 僕はため息をつき、空を見上げる。
 そこでささやかに微笑んでいた。きっと隠れてたつもりなんだろう。
 僕もそっちへ昇ってみたい、僕のいちばん好きな場所。


初出:神谷京介短編集Ⅱ 星屑タロット (2010年3月)